メタファーの森 第3回 幸せのメタファー ―内田諭
‣‣はじめに
前回、「怒り」を表す表現について、I couldn’t contain my anger any longer.(それ以上怒りを抑えることができなかった)などのように「怒りは容器に入った(膨張する)液体である」というメタファーを基にした表現が多くあることを見ました。「怒り」などの「感情」は目には見えないものですので、言語化するにはこのように何かに見立てて表現する(=メタファー)ことがよくあります。今回は「幸せ」について見ていきたいと思います。
‣‣「幸せ」の方向は?
「幸せ」はどちらを向いているでしょうか。哲学的な問いのように感じられるかもしれませんが、メタファーを使った表現を見てみると、それははっきりとしています。左でも右でも、前でも後でもなく、「上」です。このことは「天にも昇る気分だ。」「気分は上々だ。」などの日本語の表現を考えてもわかると思います。英語でも例えばI’m feeling up.という表現は「気分が上々である」ということを表します。一方、I’m feeling down.は「落ち込んでいる」という意味で、「下」は逆に「不幸せ」を表すと言えるでしょう。
このような表現の裏にはHappy is up. Sad is down.という「方向性」に関するメタファーが隠れています。「怒り」は「容器」という「構造物」として見立てられていましたが、「幸せ」・「不幸せ」の例のように、ある概念が方向と関連付けられているということも多く見られます。
‣‣方向を用いたメタファー
方向を用いたメタファーの特徴は、体系性があるということです。つまり、「幸せ」は一貫して「上」に対応付けられ、概念的に逆の「不幸せ」は、方向的に逆の「下」に一貫して対応付けられます。例えば、lower one’s moodという表現を考えてみましょう。mood(気分)を「下げる」(人の気分を落ち込ませる)という意味ですが、これは日本語で考えてもわかるように「不幸せ」を表す表現です。もしこれが「気分を良くする」という意味であれば、方向の対応付けの関係に当てはまらなくなりますが、そういう意味にはなりません。より大きな視点で考えると、「幸せ」・「不幸せ」に限らず、概して「上」は良いこと、「下」は悪いことに対応します(詳細は次のセクションの具体例を見てください)。この意味でも、「方向は体系的に概念と結びつている」ということが言えそうです。また、方向を用いたメタファーは身体的な経験と密接に関わっていると考えられます。私たちはうれしい時はバンザイと手を上げますし、悲しいときは下を向き、うなだれます。これは人間誰しも共通することですので、方向のメタファーは多くの言語に存在し、方向と意味の対応付けもとても良く似ている傾向があります。
‣‣「上下」に関わる英語の表現
それでは、具体的な英語の例をいくつか見てみましょう。まずはHappy is up. Sad is down.の例です。
【Happy is up. Sad is down.】
1. I’m feeling up today. 今日は気分が上々だ
2. He’s in high spirits. 彼は意気揚々だ
3. Her kind words gave me a lift.
彼女の優しい言葉でうれしくなった
4. I’m feeling down today.
今日は気分が落ち込んでいる
5. I feel depressed. 憂鬱な気分だ
6. My spirits sank lower and lower. どんどん気分が沈んでいった
次は、Health is up. Sickness is down.です。この例も「上」は良いことである「健康」に、「下」は悪いことである「病気」と結びつきます。
【Health is up. Sickness is down.】
1. He’s in top shape. 彼の体調は万全だ
2. You need to get enough sleep to get healed up quickly.
早く回復するには十分な睡眠を取る必要がある
3. Regular exercise is essential to build up your health.
定期的な運動は健康を増進するのに不可欠だ
4. She fell ill after eating. 彼女は食後気分が悪くなった
5. He’s sinking fast. 彼は急に容態が悪くなっている
6. My brother came down with the flu.
私の弟はインフルエンザにかかった
最後に、Having force is up. Being subject to force is down.というメタファーを見てみましょう。これは「力を持つこと」(優位に立つこと,支配すること)が「上」、「支配されること」(従属すること)が「下」に対応しています。
【Having force is up. Being subject to force is down.】
1. My wife has control over the household account. 家計は妻が握っている
2. I couldn’t get on top of the whole situation.
私はすぐに全体の状況を把握することができなかった
3. He remained at the top of the committee for many years.
長年、彼は委員会のトップだった
4. The bank was placed under state control.
その銀行は国の管理下に置かれた
5. The politician fell from power after the scandal.
スキャンダルの後、その政治家は失脚した
6. I can’t decide because I am low man on the totem pole.
下っ端の私には決められません
※Lakoff and Johnson (1980) Metaphors We Live byを参考に作成。
‣‣まとめ
今回はHappy is up. Sad is down.を中心に方向を用いたメタファーを見ました。概して「上」は良いことに、「下」は悪いことに体系的に対応しているということを、具体例を通して検証しました。
次回からは、「時間(time)」や「心(mind)」などについて、英語ではどのようなメタファー表現があるかということを概念別に紹介していく予定です。
【プロフィール】内田 諭(うちだ さとる)
東京外国語大学特任講師。専門は認知意味論・語用論・辞書学。『オーレックス英和辞典』ではNAVI表現を担当。著書に『連関式英単語LINKAGE』(Z会,2011年)など。
記憶の不思議:酪農と英語,あるいはイクラとチェコ語―小崎充
この春休み,ふだん全然一緒に遊んでやっていない罪滅ぼしに子供たちを連れ(正確に言うと彼らの母親の運転する車の助手席に乗せられ),あの有名な「マザー牧場」を初めて訪れてみた。乗馬をしたり,子ブタのレースを楽しんだりしている息子たちの姿を見ながら,心の奥底にしまわれていた自らの幼少期の記憶が蘇ってきたが,特に乳搾り体験をする少年たちが(そんなに遠くはないと自分では思っている)はるか昔の自分の姿に重なって見えた。と同時に,懐かしく強烈な牛舎の臭いも鼻に飛びついてきた。(食事中でなくてよかった。)
ソビエトによる日本漁船の拿捕事件が頻発していた時代に,北海道の東の果て近くにある小さな町で育った私の周りには,英語が溢れかえっていた。冷戦期の米ソ対立の時代に,「悪意を持った隣人」という雰囲気を醸し出していたロシア人のことばを学ぼうとするものは非常に少なかった。だからと言って,北方領土返還運動にアメリカを巻き込もうとして皆が盛んに英語を学習していたということは,もちろん,あるはずがない。
当時,人口がやっと2万人になるかならないかというその町は酪農の町で(牛は人間の2倍はいた。おまけに,学校のグラウンドをエゾシカが走っていたり,山に行けば羆が出たりすることもあった。),私の母の実家も酪農を生業としていた。両親が共働きだったせいか,3歳年上の兄とともに,物心ついたときからしょっちゅう母の実家に預けられていた私は,否応なしに英単語だらけの酪農文化に浸って育つことになる。
酪農で英語?と思われるかもしれないが,酪農家の毎日は実は英単語と切り離せない。飼育していた牛の種類はホルスタイン(Holstein)で,これは元々英語ではないけれど(ちなみに,ドイツ語起源だそうな。),餌となるのは主に牧草のチモシー(timothy:「オオアワガエリ」という和名は,恥ずかしながら今回調べて初めて知った。)や,それをサイロ(silo)で発酵させたサイレージ(silage:辞書によると,この単語はensilageからsiloの影響で語頭のenが欠落したという面白い単語)。秋にはビート(beet:テンサイ、サトウダイコン)やデントコーン(dent corn:家畜の飼料用トウモロコシ)を収穫して餌にすることもあった。牛の世話にはフォーク(fork)やレーキ(rake)を使い,乳搾りにはミルカー(milker = milking machine:搾乳器)が活躍した。まだまだパイプライン型ではなく,バケット型のものであった。
こんな風に英語が当たり前のように日常に登場する生活の中で,ある日なじみのない単語が耳に飛び込んできた。それは「トワイン」であった。当時は刈り取った牧草を機械で直方体の形にぎゅっと圧縮し,2本の細紐で縛るのが普通だったが,その細紐のことをトワインと呼んだ。その頃はもうすっかり毎日の牛の世話にうんざりしていて,この紐のことを特に気にかけはしなかったが,その後何年も経って,確か大学1年の何かの英語の授業中,それがtwineという「より糸,麻紐」を表す語だということに気づくことになる。その語の意味を知ったとき,子供の頃,重い牧草の束を持ち上げる度に手に食い込んだトワインの乾いた痛みと牧草の青い匂いが心の中に鮮やかに浮かび上がった。

牧草の束。ただし残念ながらこの紐は「トワイン」ではない
無意識のうちに記憶に刷り込まれたまま忘れ去られていた情報が突然,外国語の学習により息を吹き返す。断片でしかなかった小さな知識が,その他の情報と結びつき,自分の頭の中で意味のネットワークを形成していく。そんな経験に魅了された私は,ことばの研究から離れることができなくなっていった。
大学3年になってチェコ語を習った時には,「魚卵」を表す単語がロシア語と同じ語源のjikraであることを知り,それが子供のころからの好物であるイクラに結びついた。ちなみに,英語では魚の卵を表す語としてroeという単語があるが,これは産卵前の塊になったままの卵を指す語で,どうもイメージとしては美味そう(mouthwatering)な感じのしない語である。そのため,最近では,鮭のイクラを表すのにsalmon caviarという表現がよく用いられる。「キャビア」というとチョウザメの卵を塩漬けにした高級食品であるが,イクラもキャビアと呼ばれるとずいぶんと高級な食べ物のように感じられるから不思議だ。(本家のロシア語では,キャビアはчёрная икра(チョールナヤ・イクラー、「黒い魚卵」の意)で「イクラ」と呼ばれていることもまた面白い。)
話が逸れてしまったが,こんな些細な記憶でも何かのきっかけで突然心の中に舞い戻ってくることがあるのが記憶の不思議であり,心やことばの研究者が解き明かそうとしている謎である。チェコ語を教えて下さった(著名であり,かつ毒舌な)言語学の先生は,よく大学近くの食堂で一緒にカレーライスを食べながら,私に向かって「意味はやるな。意味にはまると抜けだせなくなる」と忠告して下さったのだが,そのアドバイスが,意味を扱えば記憶の研究を避けて通れなくなるという意図であったと,今ようやくわかりつつあるところだ。それもまた記憶の不思議だと思いつつ,次の研究計画を練っている自分がいる。
【プロフィール】小崎 充(こざき まこと)
国士舘大学理工学部(健康医工学系)教授,2010年より同学部教務主任。東京外国語大学,同大学大学院を修了。専門は認知言語学を中心とした認知科学。
『オーレックス和英辞典』で「使い分けテーブル」、『コアレックス英和辞典』で「語の使い分け」を担当。
(写真は脳内を流れる血液中のヘモグロビン量を調べるポータブル型光トポグラフィを装着した筆者)
意識と無意識――柏木厚子
イギリスで英語を勉強していた頃に「英語を話したいなら英語で考えなさい!」とイギリス人の先生に言われたことを今でも覚えています。一応は“I’ll try.”と答えはしましたが、「英語で考えろと言われてすぐに英語で考えられるぐらいなら苦労はしない」とつぶやいていました。
小学校から大学まで全て日本の学校という典型的な「純ジャパ」の私にとって英語というのはずっと「読む」ものでした。中高の授業も見事なほどの「文法訳読方式」。大学の英語の授業は中高にさらに輪をかけたような伝統的授業で、禅についての英文を一人一人順番にひたすら訳した記憶があります(今から考えるとこれは鈴木大拙著『禅と日本文化』からの一節だったのですが、18歳の私には「??」でした)。
そんな私がイギリスに留学したのは24歳の時。たどたどしい英語を話すのが精一杯で、英語で考えるなんて夢のまた夢でした。もちろん決まったフレーズは言えますが、少し込み入った話になるとまず日本語で考え、英文を組み立て、考えながら話していました。イギリスで2年、アメリカで2年の留学を終え日本に帰国した私のスピーキングは最初に比べればかなり流暢になっていましたが、その段階でもまだかなり日本語から英語に訳していたのを今でも覚えています。「英語で考えることなんて無理かもしれない、私って一生このままかも」と諦めの境地にいたと思います。
ところが、留学から帰ってまず就職したところはサイマル・インターナショナルという帰国子女の牙城のようなところ。普通に日本語を話すように流暢に英語を操る彼女たち(女性が圧倒的に多かったです)は本当に別の生き物のようで、ショックを受けました。かなりミーハーですが(私も若かった…)、帰国子女たちが本当に格好よくて憧れたものです。
その頃、言語習得理論では非常な影響力を持っていたStephen Krashenの「モニターモデル」という考え方がありました。簡単に言うと「学校で習った英語っていうのは実際のコミュニケーションでは全く使えない。実際に使える英語というのは、英語を聞いたり読んだりする中で無意識に習得したものだけだ」ということで、受験英語で青春を送った私などからみると「私の立場無いよね」と正直思いました。でも、周りの帰国子女たちの颯爽とした姿に憧れた私はKrashenの言う「無意識の習得」とやらに賭けてみようと思ったのです。
それからは、日本にいながら自分をとにかく英語漬けにしました。英語のみを聞き、読み、話す。ひたすら「無意識」を信じてそれを続けていた29歳のある日、何を話していたかは忘れたのですが、日本語で考えずに英文がぽっと口をついて出てきました。「えっ、今のどこから出てきたの?」という不思議な感覚を今でも覚えています。それからは、そういったエピソードが加速度的に増え、30代の前半には「英語で考える」ということができるようになっていました。また、同時期に、英文を聞いただけで直観的に「それはちょっと変、言わないよ」という判断もできるようになっていました。つまり「無意識の習得」が起こっていたということでしょう。
ある意味、Krashenのおかげで「英語で考える」ことができるようになったとは思うのですが、実はKrashenの言うことを全部信じているわけではありません。Krashenは「意識的な学習は自然な習得にはつながらない」と主張しましたが、私は自分の受験英語、つまり意識的な学習は確実に自然な習得につながったと感じているからです。白井恭弘氏が著書の『外国語学習の科学』(岩波新書)でも書いているように、意識的な学習はふつうに聞いているだけでは気づかないことを気づかせることによって、自然な習得を促進させる役割があります。文法をしっかりと理解していること、ある程度の語彙を形式的にでも知っていることは自然な習得をスピードアップさせる力があるということです。
私の所属している学科は学生全員が留学することが必修ですが、学生には大体大きく分けて2タイプあります。1つ目のタイプは「全てが説明できないと納得しない」タイプ。このタイプは文法が好きで辞書が好きで、細かいことにこだわる傾向があります。昔の私ですね。2つ目は「語学の勉強なんて机でするものではない、留学すれば何とかなる」タイプ。根拠のない楽天家で、英語ができないのは学校の教え方が悪いから、と密かに思っています。
どちらも不幸です。最初のタイプには「大丈夫、今、分からなくてもいつか分かるから。自分の脳を信じて、とにかくインプットを入れてごらん」というアドバイス。2番目のタイプには「今、しっかりと基礎を固めておかないと、英語のシャワーを浴びてもザルが水を通すように全部流れていってしまうよ」というアドバイスをすることにしています。
意識的な学習と無意識の習得、この2つのプロセスをうまく利用できるようになったら学習者としても一人前になったと言えるのでしょう。
【プロフィール】柏木 厚子(かしわぎ あつこ)
昭和女子大学人間学部教授、2009年より同学部国際学科学科長。早稲田大学法学部を卒業後、イギリス留学を経て米国コロンビア大学大学院より応用言語学・英語教授法修士号取得。
『オーレックス和英辞典』では校閲・「日本紹介」執筆を担当。